斎藤美奈子「「蟹工船」の時代」(「朝日新聞」2008年6月25日)

 それにしてもワーキングプア層に訴える作品が79年前のプロレタリア文学しかないのだとしたら(そんなことはないだろうとどこかで思いながらも)、80年もの間、日本文学は何をしてきたのだ、という話にならないだろうか。

 日本文学に携わる者として、この言葉を重く受けとめたい。批評や研究は、その「80年もの」空白を埋めることができる。現代という時代を照射するものとしての役割が、近代文学にはあるはずだ。もし日本文学が何もしてこなかったようにみえるとすれば、それは批評と研究の問題なのである。斎藤美奈子の「日本文学は何をしてきたのだ」という問いは、日本文学の現状というよりは、みずからの文芸評論家としての態度、そして(今に始まったことではないが)批評・研究と社会が乖離してしまっている知のあり方に向けられている。